新しいブログの引越し先
↑上記の場所になります。
内容はここで書いていたことと
変わりはないと思うので気軽に
暇なときにでも読みに来てみてください。
端的に以上です。
これでここでの活動は終わりになります。
(たまに読み返しに来るかもだけど)
ありがとうございました。
それでは。
観たアニメ/生活支援所に行けてない/新PC新調/次のブログに関して
観たアニメ
ショウバイロックの2期。
男性バンドグループの人達が面白くて格好良くて
女の子キャラも最後までキャラクターが可愛かった。
ギャグも程よくて観ててストレス無く楽しめた。
今年観たアニメのベストがあまりないので
これをベストアニメ候補に入れても良いかも知れない。
生活支援所にはまだ見学も行けていない
日々絵の練習のルーチンをこなして
持て余した時間を怠惰に過ごしている。
今週ある診察も障害年金が通ったという報告だけで
何も進展がないということを伝えるだけになりそう
正直心苦しい。
人生何事も行動しなければ何も動かない訳で
今の自分は人生の歩を進める事から逃げている。
生活支援所に行くことによる
社会性の獲得や新たな出会いは
必ず創作活動をしていく上でも
大きな実りになるはずなんだが
どうにも中学生時代に培ってしまった
「引きこもる」という選択肢を
自分は取ってしまう。
前回や前々回、ちょっと前のブログを
読んでみても「生活支援所に行けない」
ということを繰り返し書いているので
もうこの辺にしておくが
今、他人と比べて甘い生活を送れている
現状で動き出した方が絶対に精神的にも
楽だろう、という事を思い返してみる。
話変わって。
障害年金のおかげで
新しいノートPCを新調することが出来た。
今のノートPCはもう10年選手だし
水をこぼしてしまって「NumLock」のキー周りが
バグってしまって
常に数字が固まっている右端のゾーンが
押されっぱなしになっている
という不便極まりない状態だったので
(わかりにくいか)
今回の新調はありがたい。
液タブや板タブの端子の接続も悪かったので
新しいノートPCではキチンとイラスト機器が
使えると良いなと思っている。
(というか使えないと困る)
障害年金の話題はナイーブなものに類すると思うので
ここでしか書いていないけれど
なんとなく心のお守り程度に思う事にしている。
とりあえず良いか悪いかは置いといて
親に払ってもらっていた診察代や薬代を
数年は自分で(?)払うことが出来るので
精神的にもありがたかったりする。
次回更新は三年後だけど
こんな生活してたら三年はあっという間だし
更新が出来ない可能性があるしで
動くならやっぱり安定している今なんだと思う。
とりあえず、今はノートPCを買ってきて
新PCの更新プログラムを待っている状態で
この文章を打っている
この新PCからこの
はてなブログには入る事はできなくなるので
新規にブログを立ち上げようかと思っているけれど
今読者になってくださっている方は
次のブログでも改めて読者になるかどうかは
お好きに決めてくださって構いません
「いいね」を必ずと言って良い程
押してくださったことは精神的にとても
助けになりました。
ここで改めてお礼を言いたいと思います
ありがとうございました。
また、登録した読者で無くても
定期的に見に来てくださった方も
もしかしたらいるかも知れません
その方達にもありがとうと言いたいです
ありがとうございました。
またブログを作ったら
また改めてこちらでブログを更新して
お知らせしようかと思っています。
2023年から始めているみたいなので
2年間ブログを不定期ではありますが
更新し続けてひとまずこれでここでの
ブログを終わりにしようと思います。
ありがとうございました。
また次のブログ先が出来たら
更新しようと思っています。
改めてありがとうございました。
それでは。
観たアニメ/社会復帰が進んでいない/最近のクロッキー/ログインできない垢/とにかく社会復帰
観たアニメ
「クズの本懐」
「SHOW BY ROCK!!」
「SHOW BY ROCK!!しょ~と!!」
「クズの本懐」
あの「推しの子」の作画担当
「横槍メンゴ」先生の単独作品。
この作品はタイトルと
キービジュアルの雰囲気からして
やったやられた系っぽくて
自分は精神削られると思って
放送当時スルーしていた作品。
「クズの本懐」ってタイトルは
どう考えてもドロドロの恋愛模様が描かれるよって
表している感じがして秀逸だなと思う。
この時点でそれを求めて期待する人は
漫画を手に取りアニメ視聴するし
そういうの苦手な人は
察して観ないという選択肢が取れる。
タイトルが凄く良いなと思った。
ただ、主人公がクズのような人なのかなと
思ってたけど案外そうでもなくて
「クズの本懐を体現した様な」女性が出てきて
主人公や周囲のことをかき乱すみたいな話。
どうしてもこういう作品は
性愛を弄ぶ人間関係の自由さに
自分は心かき乱されてしまう。
(要するに潜在的に羨ましさすら感じている)
ただ、一部を除いて言うほど
性に奔放とかそういう感じでもなかった
一線を越えない程度の
ペッティングシーンが多かった。
本質というかテーマは
多分純愛を描いている作品で
性行為やクズ行為(?)を描いて
純愛の気持ちが際立つという感じの
構成を取っているんだろうと思った。
細かく観れば登場人物の心情も様々で
それが自分の想い人に対する恋心が
うまくいかないキャラクターが多くて
いじらしかったりする。
「クズの本懐」というタイトルは
タイトルのインパクト程
(基準がわからないけど個人的主観で)
ドロドロはしてなかった
主人公とその疑似彼氏が異性と
一線を越える事をしない辺り
なんとなく年相応(高校生)で
安心して観れた。
意外と視聴感は
さっぱりしていて面白かった。
「SHOW BY ROCK!!」
原作「サンリオ」制作「ボンズ」の
バンド系アニメ。
元はアプリゲーらしい。
サンリオが原作ということで
ターゲットは子供なのかな?
と思ったりもしたけどそれにしては
女の子のキャラデザ(動物モチーフの人型のデザイン)が
妙に自分に刺さるなと思って調べた。
ウィキによると主に
青年層(ゲーム・アニメ好き)向けに作られた作品らしい。
演奏時ミニキャラになったり
男性バンドグループが
同じ事務所に入っていたりして
視聴者層を男性だけに限らせない工夫もされていて
そこはやっぱりサンリオなんだなと思った。
内容は
学校の軽音部に入る勇気が持てない主人公が
ゲームアプリで遊んでたら
異世界に飛ばされて、その世界の
事務所でバンド活動を始める事になるというもの。
なんか敵キャラも出てきて戦ったりもする。
男性バンドグループが
コミックリリーフ的な役割をしていたりして
飽きさせない作りになっていたと思う。
面白かった。
「SHOW BY ROCK!!しょ~と!!」
SHOW BY ROCK!!の
ギャグメインのショートアニメ。
徹子の部屋風のバンド紹介もあったり
その合間のCMにキャラが出ていたりして
キャラの魅力がギャグを交えて良く出ていたと思う。
キャラデザが
女の子は可愛く
男は格好良くて
個人的に好みだった。
一話の尺が三分程なので気楽に観られて良かった。
面白かった。
生活支援所に関しては未だ動けずにいる
もう六月に入ってしまった。
今の生活が心地よいというのが
基本的に動けずにいる理由なんだろうと思う。
就労支援とは違う形の支援所だから
そんなに堅苦しく考える必要はないとは思うので
何も考えずに生活支援所のHP開いてスマホ片手に
電話番号をとりあえず打ってしまうというのが
良い気がしている。
話は変わって最近はクロッキーが
楽しく出来ている
再燃前のように素体の部分部分の形を捉えて
きっちり模写するみたいな形ではなくて
今のは線がぐちゃぐちゃな感じの出来。
ここで書いたか忘れたけれど
「リズムとフォース第3版」という本を
有名なイラストレーターが紹介していて
良さげな本だったので4月辺りに買った。
それに書いてあった
「ブラインドフォースドローイング」という手法を
試してみてクロッキーをしている。
紙をなるべく見ないで対象を見ながら
手を動かすというものなんだけど
間違っていても
そりゃそうだろうといった感じで
気楽に何度でも挑戦できるので
再燃前にやっていた手持ち無沙汰になったら
とりあえずクロッキーという感じで息抜きに
やったりして楽しく取り組めている。

↑以前との違いがあるのかどうか
見た感じ分からないかも。
それと、Xのアカウントを自分は3つ位
もっているのだけど
・ラインスタンプ用
・イラスト・マンガ発表用
・統合失調症関係・趣味用
上記2つはパソコンでログインしていたのだけど
片方のイラスト・マンガ発表用のXアカウントが
ログインできなくなってしまって
ちょっとずつ成長と共に育てようと
思っていたアカウントだけに悔しい思いをした。
Vtuber本人からイラストに
いいねを貰った事もあったので
ちょっと思い出もあるのだけど
メールアドレスが捨て垢的に
適当に作ったものだった気がするので
改めてログインは
出来ないだろうなと思う。
パソコンはいつか買い換えようと思っているので
その時はアカウントをきちんと管理して
どういう運用をしていきたいかハッキリさせてから
自分の作品の発表の場にしようと思う。
このはてなブログもパソコンを変えたら
ログインできないと思うので
それもまた新しくブログを1から始める事に
なるだろうと考えている。
ちょっとずつ積み立てて来たものを
崩す経験は多くしているけれど
正直いい気持ちはしない
積み上げたものを見返すことが
ひとつの癒しになることもあるし
その時の自分の状態ややってきたものの
今と昔を比べて変わってきた所とかを
見つけたりするのも楽しかったりするからだ。
まだ、パソコンを変えるのは先の事になるから
今は杞憂でしかないが、その時が来たら
一応アナウンスするか、新しいブログへの
導線を置いておこうかなと思う。
こう書いていてなんだが
「なにがなんでも社会復帰」だ
という心の声が聞こえてくる。
絵は正直熱意という面で
今は昔よりも冷めてしまっていて
練習もさっき書いた
「ブラインドフォースドローイング」を
やったりたまに写真やイラストを模写する
くらいしかやっていない。
どうせそれくらいの熱量で時間も持て余す位ならば
社会復帰支援に参加して時間を有効活用して
新たな視点と社会人人生への起点を作る方が
有意義だと本心では思っている。
社会復帰への
親の気持ちも主治医の提案も
正直、言われるのは辛いというか
自分が嫌になる。
それもまた動かなければ本当の終わりが
来るまで繰り返し耐える事になる。
書くとそれで満足してしまいそうなのと
次回ブログを書く時に動いてなかったら
という重荷を背負いたくないので明言は避けるが
社会復帰に関して何かしらの
アクションをしていきたいなと思っている。
絵の方は本気になれば
叶えたい夢は叶わないものではないと
「絶望的な」気持ちで思っているので
(その本気が茨の道を孕んでいる?という事に
目を瞑ればという枕詞を飲み込んでいる)
本気で行動出来るまでは胸に秘めながら
出来る事や挑戦を続けていこうと思う。
多分今の自分が持つべきキーワードは
「とにかく社会復帰」だ。
それでは。
観たアニメ/父と映画を観てきた/障害者年金のこと/社会復帰のこと
観たアニメ
「ひめゴト」
「がっこうぐらし!」(再視聴)
「ただいま、おかえり」
「ひめゴト」
「佃煮のりお」先生の作品。
18歳で漫画家デビューしたらしく動画の切り抜き等で
自作の漫画の話をしていることもあったので
どんな感じの作品なんだろうと観てみた。
いわゆる男の娘が主人公の日常系って感じの作品
五分アニメなので気負うこと無く観ることができた。
「男の娘」って脇役キャラにいることはあれど
主人公に据えているアニメはあるようでないので
(知らないだけかもしれない)
ニッチな層にヒットしたんじゃないかなと思う。
普通に面白かった。
「がっこうぐらし!」
「学園生活部」という部活で
学校で暮らしている女の子達。
その世界はゾンビで溢れかえっていて
学校で暮らさざる得ない状態になっているという話。
もう10年前の作品で自分が視聴した時期も定かではない。
内容はほとんど忘れていたので
新鮮な気持ちで楽しめた。
このアニメを観ていてふと
キャラクターデザインが性格や特徴を表していて
とても良く出来ているな、と何故かそんな事を思った。
「ゾンビを倒す役目のあるキャラ」は
スコップを常備していて
周囲のただならぬ物騒な印象を予期させる
ボーダーラインの入ったアームカバーと
付けている膝当ては彼女が活発である
印象を与えると同時に
メンバーの中で彼女が何かしら
対峙しなければならない外敵の存在を感じさせる。
ツインテールで動きのあるデザインをしている。
「お姉さん系のキャラ」は
一人だけカーディガンを羽織っていて
髪型は落ち着いたロング。
「後輩キャラ」は冷静さを表した様な
ショート?の髪型で髪色も淡いミルク色をしている。
「主人公」は庇護欲を掻き立てる様な
ピンク色の髪色で天真爛漫さ
幼さを感じさせる動物の髪留め
耳のように尖った黒い帽子?を被っている。
背負うリュックには羽が付いていてこのキャラクターの
純粋さを表している様に思える。
なんか唐突だけど素人目にも分かりやすい
秀逸なキャラデザを素晴らしいと思った。
舞台に仕掛けが少しあったりして
素直に楽しめる作品だと感じた。
面白かった。
「ただいま、おかえり」
初視聴するアニメのBL作品。
(別作品だがBL漫画は読んだことがある)
なにかほんわかした
日常系のアニメが観たいと思ったけど
殆ど見尽くしていたのでBL作品という
タグがあったけど、気にせず視聴。
見た目は同じ人間だけどαとΩという種族が
存在していて、Ωに対する偏見や差別があるという
設定がしらっと出てきて世界観の把握にとまどった。
BL作品だともしかしたらありきたりな設定
なのかもしれないけれど
男性が男性との間に子どもを作り産む事が出来るという
油断して視聴していたら
斜め上から殴られた様な衝撃を受ける設定が出てくる。
(男性が女性向け作品に対して
色々言うのは野暮だとは思う)
2、3歳の幼児を中心にした男性同士の夫婦
(この表現であっているのか?
作中では番い(つがい)と表現していた)のお話で
基本的にはのほほんとしていて
ゆったり観られる作品だった。
最初は男性同士のキスが出てくる度に
自身の中にある本能の防衛機制なのか
偏見なのか分からないにやけた笑いを
自分は浮かべてしまっていたのだけど
観ている内に慣れた。
(逆に言えば男性向け作品でこのような感想を
女性側が抱いたりすることもあるのだろうと思った)
この作品を観ている内に女の子成分が
自分にはある程度必要だと認識させられて
「がっこうぐらし!」を挟んで視聴した。
これも途中から女の子いなくても慣れてきて
出てくる幼児(男の子)可愛いなとか
あまりギスギスしたことが出て来ない
作品世界にのほほんとすることが出来た。
(ちなみに幼児役があの種崎敦美さんで
役幅が広いなとEDのクレジット見て驚いたりした)
ただ、Ωの偏見が生まれた要因とかが
ハッキリ名言されないのがちょっとモヤモヤした
αとΩの設定がストーリーに
がっつり絡んでくるのが最後の最後だった。
Ωが男性でも子供産める種族なのか?とか
よくわからない部分が多かった印象はある。
設定は出すなら出すでしっかり説明入れるか
Ωの奥さん(男だがこう呼ばれていた)が
昔差別を受けていたエピソードを挟むとか
視聴者が置いてきぼりにならない配慮が
必要なんだなと思った。
普通に観てると別にΩだからどうだとか
何か日常生活に支障が起きているだとか
そういう事も特にないので中終盤まで
この設定いる?って思ってしまった。
(更に自分をβだと言い出す男も出る始末で
その見た目の変わらない種族の違いに
なんの意味があるのか不明過ぎた)
ただ、そこに目をつぶれば
全体的にクオリティは高く面白かった。
最近は映画「かくかくしかじか」を父と観てきた
漫画を既に読んだことがあるので
大筋は知っていたけれど
細かい所でエピソードが取捨選択されていて
それでも違和感無くしっかり物語を楽しめた。
エンドクレジットに
作者の東村アキコの名前が
至る所に入っていて
絶対に下手な作品にはしない、させない
という作者魂のようなものを感じた。
自伝的作品だし恩師についての話でもあるから
そこは一本筋を通して恩師へのリスペクトを持って
映画作品として発表したかったんだろうなと思った。
(その心意気を勝手に想像してちょっと泣けた)
漫画編集者役の人がまさかの人選で
登場した時から
個人的にはニヤニヤしっぱなしだった
これは前情報なしに観て
個人的には驚けて良かったので
一応ここでも伏せておく。
(調べたら出るだろうけど)
それと障害者年金の申請が通った事を
一応ここで経過を書いていたので報告します。良かった。
なんとなく年金を貰うからには
何かしら実生活で動かないと
バチが当たる気がちょっとしている
今月の診察で次の目標を決めて
動きましょう的な事を言われたので
流石に勧められている生活支援所に
見学にでも行って感触を確かめる位は
しないといけないかなと思う。
というか来月の診察までには通う位のことは
していないといけない気もしている。
流石にもう社会から逃げるのも
限界だろうなと思う。
自分はどうも事務的な部屋というか
そういう空間が苦手で所在無くなってしまうのだけど
行くことを検討している支援所も
そういう所なんだろうなと思うと気が滅入る。
まあ、行くしかあるまい。
自分の自由な時間で過ごしていた時期が長いので
それをやめて
社会的な時間の方に自分を合わせないといけないなと思う。
モラトリアムが長かったので
それから抜け出す恐怖と忌避感はあるが
これはどこかで折り合いを付けなくてはならない。
まあそんな感じ。
次のブログの更新までに果たして
自分は社会復帰に向けて動けているのかを
考えると、何だか怖いなあと思うのであった。
それでは。
観たアニメ/生活支援所に対する忌避感/ソシャゲに石使った漫画描いた
観たアニメ
「BEASTARS」
漫画「刃牙」シリーズの作者
「板垣恵介」先生の娘さんの
「板垣巴留」先生の作品。
内容は擬人化された動物達が
社会を築いている世界で
肉食獣の狼のレゴシが
草食獣の兎のハルに恋をするという内容の話。
動物の擬人化という
ほのぼのしたような内容を
ストーリーにしたものかと思ってみると
肉食獣と草食獣の複雑な
関係性とか本能が扱われていて面白い。
初っ端から食殺事件(肉食獣が草食獣を食い殺す)
というのが起きたりして不穏な雰囲気が漂っている。
アニメは3期までやっているみたいだけど
自分が観ているdアニメでは1期が配信されたばかりで
続きが見られないのが残念。
ずっと観たかった作品なので
今回観れてよかった。面白かった。
最近はというと特になにもない。
父にたまに「行ける所を探して通うように」と
釘を刺されるくらい
前回のブログに自分の問題が
表面化しないと書いたけれど
通院する日や父に上記の事を言われる時が
自分の中で問題が立ち上がる時なんだろうな。
要するに生活支援所に「通う」という行為に
忌避感を覚えてしまっている
自分の中の気持ちが問題だということ
それが立ち上がってくるのがそれに言及される瞬間
主治医にも言われるし父にも言われる瞬間があるんだけど
自分の中で正直に書くと嫌だなと感じる
それは現実と向き合えという事と
同義だとは思う。
前回書いたスモールステップ
その支援所のところまで行ってみるも
結局していない。
実際支援所に行かないことを
責める人は現状いない
ただ行ってみる事を促されるだけだ
その促しがいつまで続くかは分からないけど
行くのは既定路線として認識しないといけない。
絵の方はクロッキーは当然やっているとして
たまに1P漫画に挑戦して描いてみたりしている

↑実際引いたのは数日前。
サービス開始時からやっていて
今から5、6年前からやっている
「ロマサガRS」というソシャゲを
やっているのだけど最近それにハマっていて
ずっと貯めていたガチャ石を不要なガチャに
勢いでつぎ込んでしまった時の漫画。
イラスト制作に日々を費やしていた時期や
入院していた時期を除くと1,2年は
やっていなかった時期はあって
そのおかげか石が貯まっていて
絶妙な石運用でガチャも程々に楽しんでいたのだけど
魔が差したのか、欲求不満が溜まっていたのか
ガチャを不用意に回してしまって少し後悔している。
昔は運営もかなり石配る方針だったのが
最近は渋っているので貯めるのも大変っぽいのが
また今回のミスを引き立てている。
まあ、なんだかんだ平和なことだと思う。
漫画の描き方は勉強しないとなと思う
特に構図が思いつかない
いつも部屋にいる場面ばかりだから仕方ないとはいえ
背景も描けないし、カケアミ?のエフェクトとかも
描き方が分からないので
素人丸出しの作品になってしまっている。
それでも漫画を描く習慣というか
漫画制作に慣れるために今回みたいな
エピソードが出来たらなるべく
漫画にした方が良いんだろうと思う。
あの「幽遊白書」や「HUNTER×HUNTER」の
冨樫義博先生も絵は
さっさと描けるようになって
ネーム(ストーリー作り)に力を入れる様に
アドバイスを載せていたのを強烈に覚えている。
(多分ジャンプで読んだ)
絵はクロッキーしかしてないというか
ノルマ的にクロッキーを一応していれば
自分の中でオッケーというルールを持っている
自分の中では最低限の練習ということになる。
絵、上手くなりたいなと思うのだけど
努力の仕方や方法が甘いんだと思う。
ソシャゲに神経割く位なら絵に割く方が
建設的な感じもあり
イラストを描きまくっていた時は
ゲームには目もくれず
(そのかわりゲーム配信を流しながら)
絵を描いていた。
まあ、今は全体的に自分に甘めで生きている。
ちょっと日々を見直したほうが
良い気もしていて
練習の拡張もちょっとずつ出来たらなと
いま書きながら思った。
それでは。
観たアニメ/自分の抱える問題点と人生でしたいこと雑文
観たアニメ
「スペース☆ダンディ シーズン2」
ボンズ制作の一話完結型のアニメ。
話のオチがちょっと投げっぱなしな時もあるけど
それで成り立っていた。
全体的に面白かった。
自分の人生について
もうちょっと真剣に考えてみるべきかもしれない。
GWに独り立ちしている妹と姉が
一時的に帰ってきた
社会性とは無縁に近い生活を送っている自分にとって
この二人の帰省は社会と交わる貴重な機会と言える。
姉と妹は優しいのかもう良い大人だから
言及してこないのか俺の今の現状に
異議を申し立てる事はしてこない
きょうだいだからかも知れないが
ありがたい存在である。
姉は結婚していて妹は彼氏持ちであるが
自分は彼女が出来たことが小学生以来無く
恋愛とは無縁の生活を送ってきている。
と、そんなことはどうでもいい
自分の人生の話だ。
否、彼女の存在の有無を人生に絡めるのであれば
少しは関係のある話かもしれない。
とにかく、今の自分は社会復帰を避けている
もとい逃げている状態であり
18禁DL同人を出したいという親類に打ち明けがたい
希望を持ち、絵の練習と称してあまり上達しない
平成4年2月13日生まれの33歳
もう良い大人でありおっさんと言われても
違和感のない年齢の成人男性である。
問題点は多分上げれば沢山あるだろう
しかし社会との摩擦の無い生活を送っている故に
その問題が表面化しない状態でもあると言える
実際問題点を上げろと言われても
すぐには浮かんでこない
・社会の一員としてもう
6、7年働いてこなかったために
社会性が著しく同世代と比べても低いこと
・社会復帰の意識が低く
実現性の不確かな夢を抱いている事
・人間関係において少し面倒だと感じたら
不誠実な態度を取ってしまうこと
(友人のラインの未読無視 等)
・自分の年齢に対して社会的認識が薄いこと
・自立生活が出来ていなく親の脛をかじっていること
・統合失調症が社会生活の
障害にどの程度影響しているのか
把握出来ていないこと
これくらいだろうか
というか存在自体が問題であるといえば
そうであると言わざる得ない気もする。
それで自分はどんな人生を歩んでいきたいかというと
・DL同人で収入を得て少し余裕のある暮らしがしたい
・彼女を作りたい
・親に依存しない生活、独り立ちをして
少しでも親に恩返しがしたい
・絵が上手くなりたい
・表現の世界に片足でも良いから突っ込んでいたい
・日本各地や海外に旅行してみたい
・漫画を描ける様にストーリーの作り方などを勉強したい
・友人などの人間関係に対して誠実に向き合える様になりたい
・いち社会人として自立した生活をおくりたい
・後悔の少ない人生を歩みたい
こんなところか
多分、生き方の問題と
すぐに直せる様な問題と
すぐには直せない長期的に考えるべき問題
に分けられる様な気がする。
どんな人生を歩んでいきたいか、は
目標を明確化してそれに対して小目標を設定して
それをこなしていくという形で実現を目指すのが
良いんだろうなと足りない頭で思う。
というか多分、問題点も同じ形で
何ができるか優先順位を付けて
最善を尽くすにはどういう
環境でどのような考え方で
それを潰して行けば良いかを
考えれば良いんだと思う。
前回も似たようなブログを書いているが
今回もちょっと人生について
考えたくなったので整理してみた。
とにかく「行動」だけが
今の自分と人生を打開する方法だとは思う
前回のブログでも似たような事を書いたけど
結局、何か問題を考えて洗い出してみても
それを直す意識がしっかりしてないと意味がない。
ちょっとメンタルがしんどくなってきた。
前回も書いたが生活支援所みたいな所へ行けば
人生の物事を進めながら問題点ややりたいことに
取り組めるのでそれが最善なのだと思う。
目標をひとつに絞るなら
どうしたら「自分が生活支援所に通いたくなるか」を
真剣に考えてみること、でも充分な気がする。
スモールステップという言葉を
何かで聞いたことがあるが
生活支援所がそのスモールステップならば
そのステップを踏むためにハードルを下げ
その小目標によって自分の欲望が叶う可能性が
高くなるという事をしっかり認識することで
実現可能性が高くなるのではないかと思う。
実際、勧められている生活支援所の目の前まで
行ってみるだけでも良いかもしれない
それが本当のスモールステップかもしれない。
ハードルを低く低く、その先にある目標の
更に先にあるやりたいことをしっかり見据える
それだけでモチベーションも上がるかもしれない。
(上記の文章を書いて数日後)
色々ぐだぐだ書いたが
姉と妹の帰省が終わって時間も経てば
上記に上げた問題点などは
日常、特に考える時間を取ることを
しない程度のものなんだなと思った
というか日常で問題が
本当に表面化してこないので
放っといてしまう。
それよりも、近々公開される映画
「かくかくしかじか」の漫画を処分してしまった
過去の自分に文句を言いたいというなんの意味もない
不満を抱えるのが関の山な日常を送っている。
(父が映画が気になっているみたいで
漫画を持っていたのでそれを見せてあげられたら
話題にもなったのになという気持ちがある)
または、絵や漫画を描くためのストーリー作りに
熱心に取り組みたい所が
それに対して真剣になれないということと
絵に関して満足する上達に達していないという
フラストレーションが溜まる不満を
抱えてしまっている、という感じ。
ストーリーは以前買って勉強していた
「テーマからつくる物語創作再入門」という本が
とてもわかり易く
勉強して要約されたノートを見返すだけで
物語のプロットを作れそうな所まで設定を
練れそうだという感じた
(ちょっとだけ練った)
ただ、全ページノートに勉強していた訳ではないので
勉強してない後半部分は読んで理解しないといけない
(本を要約して書き写すという事に対して
今は苦手意識が強いのと集中して勉強する
という事から逃げている)
のだけど、本を読むという行為に
時間的コストを割く事を無意識化で避けていて
自分が何がやりたいのか
何がなんだか分からないという感じになっている。
多分だけど、勉強や読書をしようとしている環境が
パソコンの目の前なので
集中力を欠くというのが
原因なような気がしている。
「創作再入門」は読めば気付きもあり
物語を作ろうという意欲も上がる
実際、取り組めば良い結果が得られるという
確信めいた気持ちがあるので
やっぱり勉強をしたいのだとは思う。
また取り留めのない文章になってしまっているかな。
やりたいことに対して一途になりたいのだけど
それができない自分に対してやんわりとした
フラストレーションが溜まっていく感じの
日常を送っている
こんな調子じゃいつまで経っても
漫画なんて描けやしない
下手したら死ぬまで目標を達成できずに死ぬ。
というのがだいたい日常で表面化する問題。
なんだけど生き死にに直結する様な問題ではないので
実際は、今回書いた目標の「生活支援所」に通う
というのが頭の片隅に置いて置かなければいけない
問題なんだと思う。
多分正解はここに書いたとおり
「通いながら勉強すればいい」
さて、このまま書くに任せてたら
オチの見えない文章をグチグチ書いてしまいそうなので
そろそろ今回は終わりにしようと思う。
とにかく日常での悩みは
創作に関してが8割を占めている。
(あるいは10割か)
なんだかどうしようもないなと
自分の現実の見えてなさを感じなくもないが
そんなところ。
たまにこのブログを
読み返すのも良いかもしれない。
それでは。
観たアニメ/イラスト描いた/自分と創作について雑文
観たアニメ
「キャロル&チューズデイ」
家を飛び出した少女(チューズデイ)と
一人暮らししてる少女(キャロル)が出会って
(もっと良い説明は無いのか)
音楽ユニットを組んで
ミュージシャンを目指す話。
ボンズ制作なのでクオリティは折り紙付き。
作中では英語のオリジナル楽曲が多く出てきて
気合の入りようが凄いなと思った。
舞台が火星だったりAIを使う作曲家が
出てきたりして近未来感が少しあった
特にAIを使った作曲はフィクションとはいえ
現実味を帯びた設定だなと思う。
(そういうのが狙いだとは思うが)
キャロルとチューズデイが
マネージャーのガスに連れられて
色んなミュージシャンに会ったり
音楽フェスに出たりして
成長していく様子が面白かった。
今年観たベストアニメに入るかもしれない
面白かった。
以前も書いた気がするけど
自分の書くアニメの感想の薄っぺらさったらないな
多分、学校の授業で感想文を書けと言われても
400字詰め原稿用紙を
埋められないのではないかと思う。
本当はウィキペディアとかを使って
情報を集めてそれと自分の観た記憶と
照らし合わせたりして
気になる所、面白かった点などを膨らませて
感想を書くのが良いんだろうなとは思う。
(これを書いていてそうしようと思って
少しそうした)
ブログをやっているのは
文章の練習、リハビリを兼ねているので
少しは人に伝えたいことを伝える工夫を
した方が良いんだろうなと思うけど
アニメの感想に関しては特に
どうにも怠けてそれを避けている節がある。
(というかアニメ鑑賞しても
語彙力が発露する(?)に達するまでの
熱量と記憶力が無い場合が多い)
↓4月27日完成

↑Vtuberの「アキ・ローゼンタール」さん。
ハーフエルフの方なので
背景を森にしたかったのだけど
どうにも気が向かずに断念
背景は別に練習をしないといけないなと思う。
自分が絵を描いてどこに繋がるんだろう
という気持ちが
絵を描いてる途中に生まれて来たりする
何度か言っているけれど
改めて恥を忍んで言えば
「オリジナルDL同人」を
描いてみたいというのが希望の一つとしてある。
再燃前に掲げていた目標のひとつが
ある種、惰性で残っている様な感じではあるけど
この目標というか秘めた気持ちを無くしたら
なにか道標を失ってしまう気がする。
自分なりにそれを達成するために
必要な練習がいくつか思い浮かんでいるのだけど
それをする気力が湧かないというか
普通にそれらから逃げている
けど半端で終わりたくない気持ちがある。
いつか社会復帰していく事は絶対だから
仕事をしながらその目標を目指す事になる
それを考えると今のうちに
ある程度の練習の質や量、内容を考えて
身体で覚えておきたい。
目標を短期スパンで考えるよりも
長期スパンで考えた方が
上達の速度が遅くても
気持ちの面で楽だろうな。
今33歳だからひとまず40歳までを目処にしたい所
自分の人生の時間の割当は自分以外にも当てられる事を
受け入れて物事に望まないといけない
となると思っている以上に
時間はそんなに無いのではないかと思う
そう考えると実際の所はもう本腰を入れて
「DL同人」を描く為に必要な事を洗い出して
練習に明け暮れる日々を過ごさないと
目標達成は厳しいのではないかと思い至る。
「言うは易し行うは難し」
思いつきで書いたけど実際成果を上げるには
今現在の日々の過ごし方から見直さないと
無駄に時間ばかり消費していくだけになってしまう。
ちょっと探してみると
人生を創作の自己研鑽に捧げている人が沢山いる
その中に飛び込んで行く気持ちが自分には
足りてないと実際思う。
創作に人生の何割を捧げたいか
今の気持ちで良いので考えてみた方が良いかも知れない。
絵や漫画が描ければ実生活の世界も広がるきっかけに
なるのではないかという気持ちが昔からある
悲惨で怖いのが創作に当てる
努力の方向性が間違っていて
それでも掛けた時間的コストを
考えると引き返すことも出来ず
中途半端な創作者になってしまう事
これを防ぐために創作以外にも
社会生活を営む時間もしっかりと
取らないといけないと思う。
このまま無職で病気持ちのまま
博打に似た創作に明け暮れる日々は
精神衛生上よくないし
人生の行き止まりにぶち当たる可能性が高くなる。
となるとやはり社会復帰支援に参加する
というのが正解なんだと思う
デッサン教室などにも通ってみたいという気持ちもあり
それも社会に出ればある程度
自由が効くことも増えて選択肢に入れる事ができる。
そう考えると
もう正解は見えているのだ。
創作を人生の中心近くに置いておきたいのなら
それを思考の軸にして人生設計を組み立てていけば
いいだけの話だ。
実際創作は楽ではない部分もあるが
楽しくできる環境作りや気持ちの持ち方も
あるだろうと思う。
思いつきでここまで書いてきたが
これを書いたまんまにしておかないで
実際の生活に落とし込んで行かなければいけないのだろう。
ちょっと重いかな?
創作するなら楽しくやりたいって
気持ちもある。
ちょっとお風呂に入っていた
自分の気持ちに向き合うと創作に関しては
「無」って感じの感情だった
自分の年齢的に
少し遅いかも知れないが
人生に「死」が食い込んでくる感覚が
最近は少しある
それは「親」の年齢の話だったり
お祖父ちゃんお祖母ちゃんの事だったり
自分がいつか迎える最後の日の事だったり
引きこもりに近い生活をしているからか
身の回りの人間の「死」に対する感覚が
自立していない者として生々しく感じられる。
ただ単に「創作」だけに死ぬのは
寂しい事ではないか、という
感覚が心の隅っこに存在している
日常生活あっての創作で
コミュニケーションあっての
創作なんだと思う
再燃前も到達した気持ちだけど
再燃前一度創作から離れて
就職活動に舵を切ったのは
創作活動が(この場合、絵が)
練習、鍛錬の時間を含めて
長期スパンで考えなければいけないくらい
奥が深いものだと感じたからだった。
ちょっと創作に関して考えてしまった。
また数ヶ月先も似たようなことを言っている可能性が
普通にあるのが自分のよくない所だな。
創作意欲が現状でも無に近い状態なのに
実際社会に出たら創作活動をする気持ちに
なるのかは実際ちょっと怪しいとも思わないでもない。
それでは。